こころの玉手箱 仲道郁代 日経新聞12月19夕刊

 娘の舞琴は16歳になった。演奏会は普通「小学生未満お断り」とされているが、彼女が3歳のころ「幼児がじっとしていられないのは、ウソだ」と実感した。
(中略)
 いま「クラシック」として残る音楽は限りなく深い。音のブラックホールは純粋の極みにある。入り口さえ見つかれば、子どもでもすっと引き込まれる。年少者向けコンサートでは余計なジョークやアニメを交えず、楽曲の中の世界へつながる言葉を考えてきた。
(以下略)

 子供向けに特別な演出はいらない。未就学児童も入場可とする以外はクラシックはクラシックとして聴かせればいいだけのこと。子供向け、なんていうのは子供を馬鹿にしている。おもねる必要はなく、興味のない子供は連れてこなければいいだけだ。別に全員がクラシックを聴く必要はない。

 「題名のない音楽界」かなにかで、ポピュラー的なものもどんどん取り入れていこうみたいなトークを繰り広げるなかで話を振られた前橋汀子が、場の空気と関係なく「私はポピュラーは弾きません」と言ったのは格好よかった。